旭市九十九里海岸における東日本大震災の被害

アーサーたちをおとさんにお願いして、私が出かけた時のお話です。

キャンプを計画していた頃のこと。たまたま見ていたのがたぶん、、、、千葉TVだったと思うのですが
東日本大震災により旭市で被害を受けた直後の写真展示をしている、、という内容の番組でした。
場所はどこにしようか、まだはっきり決めていなかった頃、船橋の実家の用事を済ませたあとに行けて、
海が近い所でと探すうちに九十九里が良いなと。
ここに決めた、とキャンプ地の住所を見たら旭市ではないですか!

ご存知の方もおられると思いますが、旭市といったら東日本大震災で津波による被害を受け、被災をした方々も多く
避難所で生活をされていたり、ライフラインの復旧が思うように、まったく進んでいないという情報は知っていました。
東北の胸が痛くなる状況は報道でも多々見られましたが、実家のある千葉県。
旭市の状況はどうなんだろう、、と思うときもありメディアでは殆ど報道されないので被害の詳細を知ることができずにいたのです。

それが今回キャンプで訪れたとはいえ、どのような状況だったのか、千葉TVで見た場所がうろ覚えで場所がわからず
日曜にキャンプ場のオーナーさんに話してみたら、ご丁寧に調べて下さいました。感謝です。
教えてくださった時間が3時半。写真展が行われている場所が飯岡刑部岬(ぎょうぶみさき)展望館で
車で10分程の所なので見に行くとしたら4時半まで。月曜は休館日。
それでは今行くしかない!と2人っ子をおとさんに任せて向かったのです。

展望館の階段を上り、海を見下ろせるパノラマ展示室に写真が展示されていました。
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地震発生から1時間後に押し寄せた津波、第1波。普段は穏やかに打ち寄せる波が
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地震の影響による津波が押し寄せています。飯岡漁港も波に飲み込まれています。海岸から近い家々は浸水したそうです。

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そしてほぼ1時間半後に第2波。
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堤防に砕け散る波、人の高さをはるかに超えていて写真に写る人、無事だったのかなと思いましたが。
そして地震発生後、2時間半経った17時26分に第3波。
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高さ7.6メートルの大津波が飯岡地区に襲いかかり建物や車を次々と破壊してしまったそうです。
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地震発生から2時間半後に大津波が押し寄せ、一度は避難したものの家に戻ったがために巻き込まれた人たちもいたそうです。

写真の展示を見た後、3階にある「光と風のデッキ」に登り、あらためて九十九里の海と飯岡の街を眺めました。
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震災後のあの大津波がまるで嘘のような海。
この日は台風17号の影響もあって波が高かったのですが良好なお天気だったら穏やかな海なのだろうな。
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旭市飯岡漁港と飯岡の町。
旭市の被害の状態を知ることができ、知らないで済ますよりもこうして訪れて良かったと実感しました。

旭市の状況を調べるうちに実家の船橋市の被害も目にしました。
液状化現象が起き、陥没している道路が数箇所もあり、船橋港では船が転覆していたり
数枚の写真ではありましたが知ることができました。
きっと東北以外でも海沿いの町、漁港なども同じような被害があり、
それが報道されないままの所もあるのではないかなと思いました。

飯岡刑部岬展望館を後にして、九十九里ビーチライン沿いにある温泉に行ったのですが
浴槽に入り、設置されているTVの画像を見た瞬間、噴火?え?何?心肺停止の人がたくさん・・・・と
ここで初めて御岳山の噴火を知ったのでした。噴火したのがこの前日だったとは。
地震の大津波の写真を見た後に突然の噴火、本当に自然の災害の怖さを感じた私でした。

キャンプサイトに戻ると、おかさんが帰ってきたー!わーい!と飛びつくアーサーに
とっても短い尻尾をピコピコさせて満面な笑みのエルに、幸せを実感。

追記。
ここにNPO法人 NORTHCHIBAさんの撮られた動画を。共有させて頂きたい旨を伝えたうえで掲載させていただきました。

Commented by もび at 2014-10-07 18:23 x
旭市はあの時こんなにたいへんだったのですね。
津波に襲われたことは報道で知っていたけど第3波までもあったんですね。それも夕方になってから。
こんなに被害が大きかったとは・・・どんなに怖かっただろう・・・
あまり知られていない被害のこともこういう写真展などで残してみんな知っていかなくてはと思います。

↓アーくんとエルちゃんと灯台をバックにニコニコさんがかわいいな。こういう笑顔が見れることに感謝がこみ上げてきますよね。
Commented by ひめまま at 2014-10-09 00:07 x
私の友人の実家が、まさにこの場所でした。
海から100mの距離。
おそらく第1波で家が流されたそうです。
お母様は必死で柱にしがみつき、なんとかご無事で。
お兄様夫妻もそれぞれ別の場所にいたものの、
津波にのまれることはなく、すぐにお母様のもとに行かれたとか。

今は、その場所に新しく家を建てて住んでいらっしゃいます。
大変な思いはしたけれど、やはりこの土地から離れたくないと。

あれからもう3年経ったのですよね。
まだまだ復興も進まない場所も多く、
今の現実も、ちゃんと知っておきたいことですよね。
Commented by arthur-cogi at 2014-10-11 00:44
☆もびさん
そうなんですね~、東北の被害が甚大だっただけに仕方のないこととは思いますが
旭市の詳細がわかるにつれて私も驚きました。
2時間半後にきた大津波はほぼ8メートル近くですものね。
海なし県に育った私には津波の恐ろしさは想像もつかなくて
写真展を見てから何度も往復したビーチライン沿いがこんなに
多大な被害を受けていたことを知ることができて良かったです。
アーサーとエルの笑顔にあらためて、なんて幸せなんだろうと思いました。
神様からの賜物です、この子たちは^^
Commented by arthur-cogi at 2014-10-11 00:49
☆ひめままさん
そうでしたか!海から100mというとビーチライン沿いなのでしょう。
お友達のお母様、よくご無事で、、本当に良かったですね。
お友達もご家族も安堵されたことでしょう。
大変な被害に遭われても住み慣れた所から離れたくない思いはわかる気がします。
被災された後も地域の方たちの協力や一日でも早い復興を願う地元の方たちの思いもあるでしょうし
九十九里海岸はとても美しいですから。
海岸沿いのお店もだいぶ復興してきたようですが営業しているのかわからないところもありました。
去年は石巻、南三陸を訪れましたが、仰るとおり復興は進んでいない様子を見ましたし、福島も然り。
ここ旭市飯岡も震災前のようには戻れていないことがわかります。
雀の涙にもならない微々たる協力ですが飯岡灯台から目の前のお食事処で
新鮮なお刺身を頂いてきました。
Commented by smilingtail at 2014-10-15 15:51
このように多くの人には知られずにでも大きな被害があったところは沢山あるのでしょうね。 私もここの事は知らなかったです。
東北の被災地でさえ、遠くに住んでいるとそこそこ復興しているんだろうと思われているでしょうし、隣の県でそうではないと知っている私達でさえ3年という月日の流れの中ではつい忘れて生きていると言わざるを得ません。
悲惨な出来事をずっと引きずっては生きていけないし、でも忘れてはいけないし難しい事ですね。
その後なかなか行けないでいる大船渡の友人がどうしているかと気になります。 せめてそういう小さなでも身近な人の事を想って忘れずにいようと改めて思いました。
Commented by arthur-cogi at 2014-10-20 00:03
☆ヒナタマンマさん
PCの調子がどうも不安定で、、、遅くなってごめんなさいね。
震災以降3年半経ちましたが去年夏に石巻に行き歩けた場所が僅かにも関わらず復興しているとは到底言えないのがよくわかりましたし、被災された地元の方たちのことを思うと辛いことを胸に仕舞いこんで生活しているんだろうなと思います。
そう、悲惨な出来事をひきずったままでは先に進めないですね。でも、考えさせられることいっぱいあります。特に福島の原発で未だに帰宅困難区域がありますし人だけでなく動物に関しても問題山積ですよね。
その後の東北の復興具合の報道は目にすることは多いけれど旭市にどれだけの被害があったのかわからずで復興が遅れていることは耳にしていてもメディアでは見られませんでしたからね。
千葉は私にとって身近な所でもあるので僅かな情報でしたけど知ることができ良かったです。
旭市始め茨城のひたちなか市も被害があり、そのうちまた訪れてみようと思います。このように知られる機会の少ない所はたくさんあるのでしょう。
日々生活に追われていると忘れがちではあるけど忘れないこと、そして知って少しでもその地に心寄り添えることができたらなと改めて思いました。
by arthur-cogi | 2014-10-07 00:34 | みんなで旅行♪ | Comments(6)